2009年05月28日

古い写真帖(2)

昨日の続きです。

古い写真帖





写真帖に載っている写真等を調べて一部みました。

(1)熱田魚半
現在の熱田荘(名古屋市熱田区だと思います。名古屋市の有形文化財。切妻作り、桟瓦葺き、木造・二階建て。明治29年(1896年)、「魚半」という料亭として建てられる。戦争中は三菱重工の社員寮、戦後三菱重工業の所有物になり、現在は高齢者福祉施設として利用されている。

写真は1枚

(2)愛知県庁
2階建ての木造の建物から推測して、明治33年(1899年)に建てられた南武平町にあった県庁舎だと思われます(写真は明治時代に撮影されたものかもしれません)。

写真は1枚

(3)熱田港、尾張熱田港
明治40年に熱田港と呼ばれていた港を、「名古屋港」と変えた。
熱田港が正しければ、写真は明治40年以前に撮影されたものになります。写真は、どこの場所から撮影されたものかは、現時点不明。

写真は3枚

(4)熱田神社
すべての写真が、現在の熱田神宮かどうかは私では写真から判断つきません。ただ、1枚の写真は熱田神宮のように思いますが。。。自信ないです。

写真は2枚

(5)名古屋金城
写真は、名古屋城です。空襲で燃える前の名古屋城、もしかすると明治時代に撮影された名古屋城かもわかりません。古い絵葉書のタイトルに「名古屋金城」があります。

写真は、2枚

(6)工兵第三大隊、工兵第三大隊兵舎など
名古屋にあった第三師団の工兵第三大隊。
写真には、工兵第三大隊、工兵第三大隊兵舎など、工兵第三大隊に関連する写真が多くあります。また少佐、中佐、新兵などの写真もあります。

少佐、中佐の中で調べると、写真がいつの頃かわかる可能性があると思っています。
・許斐中佐(許斐歩兵中佐)、大原工兵中佐、斎藤・後藤工兵少佐、野田軍医

注)写真帖に許斐歩兵中佐と書かれています。

残りは、後日投稿します。


追記1)05/29 21:30
許斐中佐(許斐歩兵中佐)、大原工兵中佐、斎藤・後藤工兵少佐、野田軍医をネットで調べましたが、わかりませんでした。

(7)名古屋八事山、名古屋八事山興正寺、名古屋八事山妙見堂
八事山興正寺。八事山妙見堂は、?
写真は計4枚。

(8)名古屋八勝館
写真は2枚。

(9)名古屋甚目寺
甚目寺(じもくじ)、海部郡甚目寺町にあるお寺?。
写真は1枚。

(9)名古屋東洋館庭内
写真は1枚。名古屋東洋館は、?

(10)名古屋本願寺
名古屋市中区の東別院(名古屋別院)
写真は1枚。

その他
・京都妙心寺境内:写真1枚
・津島神社、津島神社庭園:写真計2枚
・京都祇園社:写真1枚
・釜山運輸部官舎:1枚

注)写真の枚数については、正確に数えていません。
注)内容は間違っているかもしれません。

参考文献等:
名古屋なんでも情報「43 愛知県庁の歩み」  まち情報 史跡・建築」

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